故郷で妻と共に闘う 元清水・G大阪・磐田の高木和道 タイリーグを経てMIOびわこ滋賀へ

スポンサーリンク

「人生ってわからないものです」

 これまでも、移籍のたびに彼から聞かされてきた言葉だ。

「ジュビロ磐田で1年間お世話になって、ましてや契約も残している中で、何の恩返しもできないままチームを去ることがいいのかは本当に考えました。

 ただ現役選手としてのサッカー人生が残り少なくなってきて、若い頃のように純粋にサッカーがうまくなりたいというより、サッカー選手として、ひとりの人間として『人生の経験値をより高めたい』という考えが強くなっていた中で、かねてから描いていた”海外での仕事”を実現するには、選手としてチャレンジするのが一番、簡単かもしれないな、と。

「話が持ち上がってから、決まるまでわずか2週間ですからね。ほんまに人生ってわからないものです。僕の思いを汲(く)んでくださったジュビロの関係者のみなさんをはじめ、いろんな方に助けていただいたことを忘れず、がんばってきます」

事実、昨年のタイ・リーグ2には全試合に出場。念願のトップリーグ昇格を実現させたことで、クラブからは来季の契約延長を持ちかけられる。もちろん本人も快諾したが、その後、人生は急展開を見せた。

 タイでの最初のシーズンをフル出場で戦い終え、最大の目標だったトヨタ・タイ・リーグ(タイ・リーグ1)昇格を実現し、来季の契約延長も勝ち取った矢先のことだ。高木は、思いもよらなかった出来事に見舞われる。妻の身に異変が起きたのだ。

 実は、昨年の8月にもタイの病院で診察を受けた際、悪性リンパ腫の中でも3%ほどの発症率とされる稀(まれ)な血液の癌(がん)が判明。急遽、帰国して抗がん剤治療を乗り越え、一旦はタイに戻れるほどまでに回復していたのだが、12月のPET検査で”再発”が明らかになる。

「再発による抗がん剤治療は、前回とは比べものにならないくらい長く、つらいものになる。その状況の中で、例えば子供たちを日本にいる僕らの親に預けて、僕ひとりがタイでがんばることや、これまでどおり2人の子供たちもタイで生活させながら学校に通わせることも考えました。

 ただ、タイでは基本、練習が夜に行なわれる分、夜に子供たちだけで留守番をさせなければいけないことや、昨年末、嫁が治療で帰国している際に、子供2人と3人で暮らしてみて、彼女のいない生活をタイで送るのは正直、無理だと思ったので。そして何より、本人のことを考えても、ひとり日本に残していくことはできないな、と。

 それに……、つらい治療の合間に一時外泊した際に、彼女が安心して過ごせる”家”をちゃんと作って待っていてあげたかったのもあります。だからエアフォースに事情を話して契約解除を申し入れ、帰国を決めました」

「このタイミングで引退したら、嫁は自分のせいで僕を引退に追いやったと責任を感じるんじゃないか、と。僕の力が足りなくて契約の話がなかったとしても、です。それは僕自身が嫌だな、と。

 結果的に正式に話をもらったのは地元、滋賀のMIOびわこ滋賀だけで、ステージはかなり下げることになったけど、ここなら僕の実家も近いし、子供たちとの生活を考えてもより安心ですから。それらを総合して考えてお世話になることを決めました」